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今日は父の命日。

富士山が大好きだった父は、
最期の3週間を、大阪を離れ、
富士山の見える山梨で過ごした。

その父が、息を引き取ったのが、
山梨県のホスピス「玉穂ふれあい診療所」。

昨日、そのホスピスを久しぶりに訪問した。

先生や婦長さん、
ボランティア方々など
懐かしい方々にお会いした。

5年前の昨日は、そうした方々のお力で、
父の最期の望みだった弟の結婚式を
ホスピスであげてもらった思い出の日。

ホスピスに入って5日目だったと思う。
土地先生が、突然、「明日、結婚式をやりましょう」と
仰った。

翌日、見ず知らずの人たちが60人近く集まってくださって、
結婚式と披露宴が、診療所の中で行われた。

父は、涙を流して喜び、
翌日、この世を去っていった。

あのとき感じたこと。

それは、「悔いを残さない死」とは、
本人だけではなく、
本人を愛した家族のためでもあるということ。

最近、緩和ケアだとか、終末医療という言葉を
よく耳にするが、

ホスピスで行われていたことの本質は、
医療行為というよりも、
とても人間らしいことだった気がする。

悔いなく死ぬために、あらゆる手を尽くす。
それが、お世話になったホスピスが大切にしていたことだった。

あれから5年。
ホスピスでは、3日に1人の割合で、
患者さんが最期を迎えているそうだ。

私たち以外にも結婚式をした人もいるそうだし、
どの一人にも、そして、どの家族にも
悔いのない最期のために、
相変わらず手を尽くしているのだとか。

ただ、医療行為によって延命するのではなく、
人として、どのように最期を迎えるのかを選択する。

現代の新たな課題が、そこにあるような気がした。