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20世紀は、
技術の進歩が、人類の意識の進歩の先を
行ってしまった世紀だったと、
以前、NHK教育テレビでキャスターをしていた番組
「21世紀ビジネス塾」で、様々な企業を見ていて思った。

技術の進歩によって、
「効率化」に光が当たりすぎて、
人間が置き去りにされ、
自然環境も忘れ去られた。

そして、21世紀を迎え、
しっぺ返しを受けている。

それが環境問題だったり、
食料問題だったり・・。

今、アメリカ発で起きている金融危機もその一つ。

ルワンダで感じたことも、これに共通する。

先進国によって植民地化されたルワンダ。

その先進国によって、
それまで仲睦まじく暮らしてきた民族に
階級差を付け、その仲を引き裂くような制度が作られました。

優遇される民族には、
その先進国から積極的な武器の輸出も行われ、
被差別民族は、階級制度だけではなく、
武力によっても、抑圧されることになりました。

そして、多くの被差別民族が海外に逃げましたが、
逃げられない貧しい人々が、
結局大虐殺の犠牲者になったのでした。

今、ルワンダの人たちは、
昔のような異なる民族が互いに助け合い、
融和して生活する社会に戻りたいと言います。

その話を聞くたびに、
その昔の平和な社会を壊したのは、
植民地支配を自分の都合良い形にした
先進国のことを思います。

先に進む国と書く「先進国」。
結局、自分たちがさらに先に進むために、
ルワンダなどの新興国を
利用したに過ぎないのではないか。

そして今、何事もなかったかのごとく、
先進国として、ODAだとか、寄付だとか、
世界の平和のために貢献しているかのように振る舞う。

ルワンダにいる間中、その疑問が高まる一方でした。
何ともいえない悔しさと、悲しさと、怒りがあふれてきました。

私も先進国に生まれ、
生活している一人の人間として、
先進国の役割とは何かを深く問い直したくなりました。

より豊かに、より便利に、より幸せに・・・
先進国が求めて来たことは正しかったのか。
そして、その求め方は正しかったのか。

先進国のエゴが、今、
世界を不安に陥れているのかもしれない。
自分たちの幸せばかりを追求して、
その影で犠牲になっている人たちのことを見ず、
後で、あたかも正義の味方のように施しを与える。
偽善じゃないのか・・そんな思いがあふれました。

でも、ルワンダの人たちは、そんなことを言わず、
一生懸命、自分たちの明るい未来のために生きている。
ルワンダには、少なくとも表面的には憎しみがありません。
みんな、辛い過去を抱えつつ、明るい未来を目指して生きています。

先進国のエゴを、憎み続けるのではなく、
世界とも融和して、平和な未来を創りたいと言う人たち。

先進国よりもずっと心が広くて、
ずっと人間として進んでいる。

20世紀に先進国は、技術力の成長は獲得したけど、
20世紀に、高度な人間としての成長をしたのは、
新興国と呼ばれる国の人々かもしれない。

21世紀が、良き世紀になるとするならば、
それは、新興国の人間力によるものかもしれない。

そして、私たち先進国に生きる人たちは、
改めて20世紀を振り返り、反省し、
平和な21世紀のために、何をするべきかを考えないと
いけないのだと思う。

ルワンダの衝撃は、私にとって、本当に大きい・・・。