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今回のルワンダへの出張の目的は、
テーブル・フォー・トゥという
私が理事を務めるNPOが
給食を提供している小学校を視察することでした。

その小学校は、ルワンダの首都キガリから
車で30分ほどのところにありました。

そこは、ミレニアムビレッジと呼ばれ、
ジェフリー・サックス博士がリードして設立された
「ミレニアムプロジェクト」による、
復興支援を受ける村の一つです。

小学校の敷地は、驚くほど広く、
その中に、ブロックで作られた平屋の教室や
外の木陰に机を並べた、青空教室、
屋根だけの教室などが、点在しています。

私たちの車が到着すると、
子供たちが駆け寄ってきました。

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カメラを向けると、珍しそうに、
カメラを覗き込んだり・・・
なぜ、みんな集まってくるんだろう・・
素朴に不思議になりました。

そもそも、
好奇心おう盛な子供たちは、
見たことのないアジア系の人間に
興味を持って集まって来ているのかもしれないし、

その手に持たれているデジカメやビデオも
見たくて仕方がないのかもしれない。

確かに、写真を撮ったり、動画を撮って、
見せてあげると、大喜びしてくれる。

でも、そうやって触れあっていくうちに、
子供たちの何人もが、
「Give me pen」と言うようになった。

中には、私の持っているペットボトルを見て、
「その水をちょうだい」と言う子もでてきた。

そして、「お金をちょうだい」と言う子も・・
最後には、「No Money No Life」と言う男の子も。

ミレニアムプロジェクトの人からは、
何も子供たちに与えないようにと言われていたので、
どの子供たちからの要望にも応えることはできず、
ひたすら、これは私のものだから・・・と言って
その場をかわし続けた。

こうした子供たちを見て、
「かわいい」とか、「助けてあげなきゃ」とか、
いろんなことを言う人がいるけれど、
私はとても複雑な心境になった。

私も子供たちと一緒に、遊んだり、
踊ったり・・したけれど、
子供たちのその無邪気な面の裏側に、
何か別のものがあるような気がしてならなかった。

子供も一人の人間。
ただ年齢が違うだけで、
それぞれに自分の人生を生きている。

無邪気に遊んだ後に、
真剣な表情で、
「ペンをちょうだい」と懇願してくる子供たち。

学校の中で、
紙とペンを持っている子は、ごくわずか。
こうした少し恵まれた子どもたちは、
大勢の子たちとはちょっと距離を置いて、
集まっていたりする。

ほとんどの子は、
与えられた教科書を読むことはできても、
書くことはできない。

さっきまでの無邪気な表情とは全く違う
悲しげで、そして、真剣なまなざしで、
ペンを求める子供たちを見て、
私たちは、視察に来て、一体何を見るべきなのかを
改めて考えさせられた。

「子供たちが私たちのNPOの寄付を通じて、
給食を食べることができて幸せになった」
そんな薄っぺらな満足感だけを得て帰っていいのか・・。

一つのことだけをして、
貢献した気分になって、満足する・・
支援というものを、自己満足にしてはいけない。

底なし沼のように存在する様々な問題。
もし、支援というものに取り組みたいと思うなら、
その事実を胸に刻み、自分の微力を痛感し、
それでも、底なし沼の解決に取り組む決意を持たなければ、
きっとその支援は、単なるファッションなんだと思う。

テーブル・フォー・トゥを通じて、
支援という世界に足を踏み入れた私は、
底なし沼を自分の目で見てしまった・・。

この底なし沼の解決のために、
日々の仕事を通じて何ができるか。
それを考える日々が始まった。