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中高生から、ムハマド・ユヌス氏へ
投げかけられた問いとその答えを紹介します。

問)
ユヌス氏の初めてのソーシャルビジネスに要したお金は?

答)
27ドルを自分のポケットから出しただけ。
次からの農村の女性への融資は、銀行に交渉して、
銀行からの貸し付けテもらうことにした。ただし、ユヌス氏が保証人となった。

問)
グラミンのおかげで、どのくらいの人が貧困から抜け出せたのですか?

答)
正確な数字を出すことはできないが、村の家々がきれいになったり、
学校に行く子どもが増えたり、1日に3食食べることができる人が増えたり、
貯金ができる人が増えてきたということは言える。
しかし、それがイコール貧困から抜け出したとは言えないが、
ある調査期間によれば、毎年5%の借り手が、
貧困から抜け出しているというデータもあると聞く。

問)
女性にお金を貸すことや自立を促すことは、宗教上の問題はないのか?

答)
もちろん、女性にお金を貸すことで、宗教観が変わってしまうと、反対を論ずる人もいる。

問)
中学生時代、どんな子どもだったか?

答)
普通の子どもと同じいたずらっ子だった。
ただ、ボーイスカウトに入っており、その活動の一環で、
1959年だったと思うが日本を旅したことがある。

問)
日本企業の印象は?

答)
日本企業も、ソーシャルビジネスに興味を持ってくれるようになり、
嬉しく思っている。
ただ、日本企業は意思決定が遅いのが課題だが、決定した後の動きは速いという利点もある。
日本には、技術力があり、かつ創造力がある。それを是非、ソーシャルビジネスに活かしていただきたい。

問)
目標は?

答)
2030年に貧困ゼロの世界を創りたい。
そして、貧困博物館を創り、貧困とは、博物館にしかないものにしたい。

問)
ノーベル平和賞を受賞して変わったことは?

答)
多くの人が話を聞いてくれるようになった。それまでは、どれほど訴えかけても、耳を傾けてくれる人は少なかった。
受賞後は、洪水のように人がやってきて、ささやいただけでも、耳を傾けてくれる。これは大変ありがたいことで、あらゆる課題をどのようにして解決することができるかを多くの人と語り合い、実現に向って進めていけるようになったことは嬉しい。

問)
人を助けるのは大変?

答)
大変ではない。それは簡単だ。まず、その人の隣に座り、自分がオープンになること。そこから、人を助けるということが始まる。
大切なのは、恥ずかしがらないこと。隣に座り、そこにある課題を見つけ、自分ができること、自分が正しいと思うことを実行するのみ。
何も知らなくても良い。知識が必要なのではない。どうすれば良いかを考えれば良い。小さなことでも、自分ができることが必ずある。

問)
日本の今後をどう思うか?

答)
人間をお金を生み出す機械のように捉える考え方で生きることは、まるで片足で立っているような状態だ。
お金を生み出す足とそのお金を社会の問題解決に使うというもう一つの足の両方があって、初めて人間としてしっかり立つことができる。
その意味では、日本は後者の足を開発することが今重要である。経済のみを追うべきではないだろう。

地球は船も知れない。しかし、みんなは乗客ではない。全員が操縦士だ。誰か一人が操縦士だと、間違えた方向に行く可能性がある。
一人ひとりが操縦士であることで、間違った方向へ行きそうになったとき、それを修正することができる。

問)
支援をする時の注意点は?

答)
支援するというのは、誰が支援するのではなく、どのように、どのような質の支援をするかが重要である。
なぜなら、支援は、気をつけないと、よかれと思ってしたことが、逆に働いている場合がある。
そもそも、その支援の目的は何かということを明確にし、その目的に、支援が合致しているかを見ていないといけない。
支援によって、お金をただ与え続け、一生自立できない人を作り出すことがある。こうしたことが起きないようにしなくてはいけない。

問)
どうしたら平和になるのか?

答)
平和とは、共有することだ。
地球上で、シェアリングやケアリングを行うことが、平和への道。
しかし、それができていないのは、今の枠組みの問題だ。既存の制度を再設定する必要がある。
それができるのは若者たちだ。

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品川女子学院でのユヌスさんと中高生。高校生たちは英語で質問!