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	<title>経営コラム - 藤沢久美オフィシャルサイト</title>
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	<description>経営コラム - 藤沢久美オフィシャルサイト</description>
	<pubDate>Wed, 28 Jul 2010 05:24:42 +0900</pubDate>
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		<title>『ワークライフバランス制度の光と影』</title>
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		<pubDate>Tue, 01 Sep 2009 12:00:29 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[経営コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[理想の社会を見に行くツアー
２００９年６月に、日本の中小企業の後継社長さんたちと、
デンマークとノルウェーを訪問しました。
このツアーは、
家族経営をしている企業の経営者が世代を超えて集まる
国際後継者フォーラムが、毎年主催している海外視察ツアーで、
海外の中小規模のファミリー企業を訪問し、
互いの知恵を交換するものです。
昨年は、イタリア。
そして、今年が北欧でした。
北欧と言えば、労働環境をはじめとした
社会福祉が整っている地域として有名です。
労働問題や年金問題などが深刻化している日本では、
北欧型社会というキーワードが様々なメディアで飛び交っていて、
今回のツアーは、
「理想の社会を見に行くツアー」
という雰囲気もあり、期待で胸が一杯でした。
飛行機の中でも、事前に用意しておいた
デンマークとノルウェーについて書かれた資料を読んでいると、
「国民が世界で最も豊かさを感じる国、デンマーク」や
「世界でトップクラスの給与水準の国、デンマーク」、
「一人当たりGDP世界第二位のノルウェー」
「エネルギー自給率８００％のノルウェー」など、
素晴らしい統計が次々に登場し、
一睡もできずに着陸を迎えることになりました。
海上に並ぶ真っ白な風車
そんなコペンハーゲン空港への着陸間近に、
機窓から見えてきたのは、海上に並ぶ数十基の風車でした。
真っ青な海に、白い風車が一列に並んでいます。
今年のダボス会議での
デンマークの首相のスピーチを思いだしました。
「思いきった再生可能エネルギーへの転換によって
　財政負担は増えたが、
　それを大幅に補ってあまりあるほどに、
　風力発電技術が輸出産業となり
　国の経済に貢献している。
　再生可能エネルギーへの転換は、
　国に負担を与えるのではなく、
　結果として大きなプラスを与えるのです」
という言葉がとても印象的で、
そのとき私の中で、
「環境の国、デンマーク」
というイメージが形作られました。
けれども、海上に並ぶ風車を目にした時、
私の心に浮かんだのは、ほんの少しの違和感でした。
そして、その違和感は、この北欧の旅を通じて、
少しずつ大きくなっていくことになりました。
環境配慮のライフスタイル
飛行機を降り、アンデルセンのおとぎ話を思いださせる
愛らしい建物が並ぶ町並みを
車窓から見ながらホテルに向いました。
ホテルは、北欧家具でシンプルにまとめられた素敵な部屋で、
設置されているゴミ箱には、ゴミの分別の指示が書かれていて、
さすが環境の国！です。
私は海外に行くと必ず、現地のスーパーに行くことにしています。
そこにその国の生活が見えるからです。
コペンハーゲンでも、自由行動の時間に、
三つのスーパーに行ってみましたが、
驚いたのは、その品揃えの質素さです。
野菜等食料品の種類は少ないし、
値段も高い。
日用雑貨の種類はさらに少なく、
日本のように色とりどりのスポンジや
洗剤などもありません。
全てが最小限。
そんなイメージです。
日本がいかに消費大国かを痛感しました。
色やデザイン、そして機能など、
様々な特徴を持ったものが並ぶ
日本のスーパーとは全く異なる風景が、
コペンハーゲンのスーパーにはありました。
環境配慮の国のライフスタイルとは、
無駄を抑えた最小限のもので
生活することなのだとすれば、
日本は、環境先進国になれるのだろうか・・
そんな不安が心に浮かびました。
ワークライフバランスと無縁の経営者
いよいよファミリー企業への訪問です。
北欧は、環境先進国であると同時に、
ワークライフバランスの進んだ国としても有名です。
デンマークの国の資料では、
国民の大半が高付加価値な仕事に就き、
単純作業をするような事業を極力国内には持たない
といったことが書かれており、
そんなことが実際に可能なのかが
訪問前からとても気になっていることでした。
最初に訪問したのは、
小さなプラスティック加工をする
社員総数８人の会社でした。
現在の社長さんは二代目で６７歳。
間もなく３０歳の息子に会社を譲る予定です。
ワークライフバランス制度が厳しくなったことで、
会社としては大変なことになったと話してくれました。
まずは、残業ができなくなるため、
手作業ができる限り少なくなるよう
装置を導入することになり、
設備投資の負担が大きくなったこと。
昼間に従業員が装置のメンテナンスをし、
夜中に自動的にプラスティック加工
ができるようになり、
表面的には生産性が上がったが、
装置にはトラブルがつきもの。
結局、経営者である社長とその奥さんが、
一日２０時間働き続ける生活となった。
さらに、夏休みは５週間与えるのが基本であるため、
経営者夫婦は、結局休むことはできない。
「息子に会社を譲ったら、やっと休める」
とおっしゃった社長さんの表情が忘れられません。
そして、奥様に、
「息子さんの代になったら、旦那さんと旅行にも行けますね」
と声をかけたら、
「そうなると良いけれど。
　最近の若い人たちは、残業もしないし、
　休みを取る権利も主張するから、会社が回るか心配よ」
と真顔でおっしゃったのもまた印象的でした。
小さな地方の零細企業にとって、
ワークライフバランス制度は、
本当にプラスに働いているのだろうか。
そんな疑問は、次なる訪問地、
ノルウェーで最高潮に達しました。
　
ワークライフバランスの理想と現実
デンマークでさらに複数の企業を訪問した後、
ノルウェーでも同様に中小企業を回りました。
どの企業でも、経営者はほとんど休むことなく、
ワークライフバランスと無縁の生活をし、
社員のワークライフバランスを
重視しなくてはいけないと言うのです。
さらに、ホテル業やサービス業を営む経営者は、
最近はこうした仕事に就いてくれる若者が減った
と口を揃えて言いました。
「若者たちに人気の仕事は何ですか」
移動の途中に、ガイドさんに訪ねてみると、
「最近の若者たちは、ワークライフバランス制度の整った
　大企業を求めて、都市部に移動する傾向があるのです。
　だから、地方の中小企業やサービス業等には、
　就職してくれる人は減る一方です。
　特に、北欧の主要な産業である観光や農業、漁業に至っては、
　さらに就職してくれる若者が激減していて、
　そうした労働従事者として
　移民がどんどんと受け入れられているのです」
とおっしゃいました。
特にノルウェーは、積極的に移民を受け入れていて、
首都オスロでは、昨年の統計で、
人口約５６万人のうち約１４万人が移民です。
こうした積極的な移民の受け入れは、
労働力の確保とはいえ疑問を感じます。
ノルウェー人の若者は、
ワークライフバランスの整った都市部の大企業で働き、
移民が一次産業やサービス産業の担い手になる。
この格差は、許されて良いのでしょうか。
また、一部の若者の中には
保守的な考え方の人も増え、
移民排除を掲げた政治運動をする人もいるそうです。
北欧のワークライフバランス制度に憧れを持ちつつ、
人口減少という課題を抱える日本の未来を考えた時、
手放しに北欧を賛美してはいけないことを改めて感じます。
そして、この北欧でも、
労働者を守ることに主眼を置いた際には、
大企業が標準ケースにされていて、
中小零細企業や一次産業については、
あまり議論されていない印象を持ちました。
日本でも、大企業中心の政策立案が多いですが、
これは、世界共通なのでしょうか。
光と影を理解して、今こそ選ぶ時
たった１週間の旅でしたが、
現地の経営者と対話や現地に住むガイドの方々との対話を通じて、
日本で報道されている理想に満ちた北欧のイメージの背景にある
影の部分が見えました。
理想に満ちた社会などないことは、
重々承知しているつもりでも、
ついつい期待をしたくなるものです。
環境配慮を目指すなら、
日本人は、質素でコスト負担の高い
デンマーク的なライフスタイルを受け入れる覚悟ができるのか。
ワークライフバランスの充実を図ることで、
地方の零細企業や一次産業の働き手が減ったとき、
移民という選択肢を受け入れる覚悟ができるのか。
たったこの二つの覚悟だけでも、
大きな議論を呼びそうです。
けれども、デンマークもノルウェーも、
国民がこれらを選んだのです。
自分たちが選んだからこそ、
我慢もできるし、受け入れられるし、
堂々と世界で一番豊かさを感じる国だと
言うことができるのです。
私たち日本人も、
自分たちで光も影も理解した上で、
どんな未来を選ぶのか。
その決断をするときが、
今、目の前にやってきています。
政治家が決めるのでもなく、
大企業が決めるのでもなく、
私たち一人ひとりが考え、選ぶ、
それを経ずして、
豊かな未来社会などないのだと痛感した北欧の旅でした。
]]></description>
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		<item>
		<title>『二代目経営者の役割』</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Jun 2009 12:00:08 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[経営コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[この６年間で、
７００人を超える経営者の方々のお話をうかがってきたが、
最近、二代目経営者の方へのインタビューの機会が多い。
ほとんどの場合、先代の創業者はカリスマ経営者で、
その人間的魅力と熱い思いが、会社の求心力となって、
数十年にわたって会社の成長を導いてきたという背景を持つ。
オフレコでお話をうかがえば、
どの二代目経営者も、創業者のカリスマ性にはかなわないと言い、
代替わりしても、従業員たちの求心力は創業者の方に向いたままで、
リーダーシップをとることに苦労していると言う。
しかし、インタビューさせていただいた方々は、
そんな苦労をしつつも、見事に会社を一段、進化させている。
二代目経営者の仕事は「自ら考える組織」への変革
その進化の共通点は、「組織づくり」だ。
カリスマ創業者時代は、
組織はあってもあまり機能していないことが多い。
社内制度も同様で、創業者の一言で、
組織も制度も、あっと言う間に変化する。
まさに、従業員は、トップだけを見ていれば良い
という組織になりがちだ。
ところが、二代目の経営者となると、そうはいかない。
まず取り組むべきは、社内の意識改革だ。
トップだけを見る習慣を断ち切り、
従業員たちが、自ら考える組織に変えなくてはいけない。
何しろ、トップが変わっても、
過去のトップを見つめ続ける従業員が多いのだから、
「今度は、創業者ではなく、俺を見ろ」
といったところで、うまくいかない。
思い切ったスタイルの変更が必要になる。
創業者一人のカリスマから「組織としてのカリスマ」への進化
それが、自ら考えるボトムアップのスタイルへの変更だ。
意思決定の仕組みや処遇や評価の仕組みを
従業員の意見を吸い上げて作り、
社内のプロセスの「見える化」を図るわけだ。
これが実現するには、少なくとも２、３年を要するが、
その結果、会社は強くなる。
一人のカリスマから、
組織としてのカリスマへと進化するのだ。
多くの知恵が創業者を超える知恵を生み出す。
二代目経営者の役割は、
再びカリスマを目指すのではなく
カリスマ不在でもカリスマのビジョンが実現され、
新たなアイデアが生まれてくるような、
持続可能性のある組織を作ることなのだ。
]]></description>
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		</item>
		<item>
		<title>『「労働力」から「人間力」へ』</title>
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		<pubDate>Thu, 12 Mar 2009 18:00:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[経営コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kumifujisawa.jp/column/business/business-column/28/</guid>
		<description><![CDATA[老舗企業は、「信」と「和」を尊ぶ
帝国データバンクの
『ＴＤＢ　ＲＥＰＯＲＴ９２号「伸びる老舗、変わる老舗」』
（２００８年６月発表）によれば、
社歴１００年を超える営利企業が、
全企業数の１．６％に上り、
その数は１万９２７３社だそうだ。
うち、２００年を超える企業が８９３社、
３００年を超える企業が３９１社であり、
これは、世界的にも例を見ない事実のようだ。
中でも興味深かったのが、こうした企業に
「老舗として重視することと社風をそれぞれ、
漢字一文字で書くと？」
というアンケートを実施した結果、
その回答のトップが、
それぞれ「信」と「和」であったことだ。
長く企業として存続していくためには、
「信」すなわち「信用」や「信頼」は不可欠である。
それは、ここ数年頻発している
企業の偽装問題などを見ていても明らかで、
「信」を失ったとたんに、どんなに有名な老舗であっても、
あっと言う間に、廃業に追い込まれてしまう。
ところが、こうした「信」を守り続ける社風、
つまり社内文化は、「和」であるということは、
今、まさにわれわれがあらためて
考えるべきメッセージのように思う。
「和」は、さまざまな意味にとることができるが、
やはり一番最初にイメージされるのは、
企業で働く人々の和だ。
従業員が一つの使命を共有し、
ともに和を持って切磋琢磨する企業は、
持続性を与えられる。
　
派遣労働に頼る弱い経営
従業員の「和」と言えば、多くの企業経営者は、
「当然配慮している」と答えるだろう。
しかし、現実を見れば、必ずしもそうではない。
二つの事例を紹介したい。
一つ目が、昨年来話題の派遣労働者の扱いだ。
労働力をコストとして扱い、
業績に応じた原価調整の対象にした。
人間が提供する労働をモノと同等に扱うことで、
正社員と派遣労働者の間の「和」は崩れ去った。
もちろん、
派遣労働者が生まれてきたのは、
労働者派遣法の施行やそうした働き方を
求めた人たちの存在があったからともいえるが、
それを受け入れた企業側にも
責任の一端はあったとは言えないだろうか。
コストの調整弁となる人間を社内に置くことは、
知らず知らずのうちに、正社員の中に、
人間を軽んじる意識を植え付けているかもしれない。
そのような意識の中で、
本当に人が安心して使える
安全な製品やサービスが生まれてくるのかどうか、
いささか疑問を感じる。
たとえ、当初は派遣社員であっても、
いずれは正社員になってほしいという気持ちで
迎えるべきではないだろうか。
結果的に、労働者側が派遣社員としての働き方を選ぶとしても、
正社員と同様に、末永く働く仲間であるという認識と、
それを前提にした経営の実践は、
実は、景気に振り回されない
強い財務を実現することにつながると言える。
長期的に黒字を維持し続けている企業に
終身雇用制が多いのは、
こうした人事戦略と強い財務基盤を
確立しているからだろう。
従業員の成長が、企業の成長
そしてもう一つが、オーナー企業における、
経営一族と従業員の「和」の欠如だ。
そうした企業は、大抵労使間の不信感が悪化し、
経営が行き詰まっている。
従業員から見て、働いても働いても、
ちっともその評価がなされず、
成果も分配されないという不満が、
経営陣に対する不信に変わり、
社内の和が崩壊していくのだ。
こうした不和を解決する方法は、
やはりコミュニケーションしかない。
経営陣が、それまで公開していなかった
経営に関するさまざまな情報を、
従業員と共有することだ。
それは、売り上げや利益といった財務数値だけでなく、
企業として目指すものや今後の戦略などすべてを、
従業員の隅々にまで伝えることである。
これは決して簡単なことではない。
一度不和を奏でてしまった組織が、
再び調和を生み出すには、経営者が現場に降りて、
一人ひとりと対話しながら、
信頼を得ていくしかない。
メールや社内報といった一方通行の情報公開は、
単なる「公開」であり、「共有」ではない。
情報と思いのすり合わせと納得のプロセスがあって初めて、
「共有」が実現する。
多くの企業を見てきて、しみじみ思うのは、
結局、企業は人であるということだ。
知識資本主義と言われる２１世紀は、
ますます人が重要になる。
知識、いわんや知恵は、
人にこそ宿り、人から生まれる。
一人ひとりの従業員を人間として扱い、
その成長をいかに支えるか。
それこそが、今改めて経営者が取り組むべき
最優先の経営課題なのではないだろうか。
]]></description>
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		</item>
		<item>
		<title>『「欧米主義」から「日本らしさ」へ』</title>
		<link>http://kumifujisawa.jp/column/business/business-column/27/</link>
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		<pubDate>Thu, 25 Dec 2008 18:00:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[経営コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kumifujisawa.jp/column/business/business-column/27/</guid>
		<description><![CDATA[常に先を行く日本を自覚するべき
世界は今、１００年に一度と言われる金融危機に直面している。
その中で、最も価値が高まっている通貨が日本円だ。
そのことをマスコミは、「日本が相対的にマシだから」と表現する。
「マシ」という言葉に、日本に対する卑下を感じるのは私だけだろうか。
円キャリートレードの解消による円買い要因もあるとはいえ、
日本円が買われているのは、やはり世界の水準から見れば、
やはり日本は健全な水準にあるからだ。
政治については、健全とは言い難いが、
企業活動によって支えられている経済の健全性は高い。
さまざまな調査機関のデータを見れば、
中小・零細企業の倒産件数は昨年来、増加傾向にあるが、
欧米が直面しているようなバブル崩壊の危機は、もはや日本にはない。
その理由は、１９９０年代に、世界に先駆けて
バブル崩壊を経験し、企業の体質改善に取り組んだからだ。
振り返れば、日本は常に
世界の動向より一歩先に困難に直面し、
それを乗り越えてきている。
そのたびに、企業は新たな技術や知恵を生み出し、
体力を高めているのだ。
オイルショックで３０年分の体力を獲得
その一つが、オイルショックだ。
オイルショックは、
企業経営に大きな変革を強いるものだった。
原材料価格の上昇と受注の減少は、今の状況と重なる。
当時、その厳しい環境のなかで、
経営を見直し、黒字体質をつくった企業の多くが、
９０年代のバブル崩壊時にも、
黒字を出し続けていたことを
どのくらいの人がご存知だろうか。
例えば、岐阜県のある企業は、
オイルショックの際に、残業を完全に禁止し、
従業員に会社の経費削減を一緒に考えるように指示した。
さらに、低コストのなかで、
黒字を出すためのアイデアの提案制度をスタートさせた。
当時の従業員は、残業代がもらえなくなってしまったのだが、
提案を出せば、１件につき数百円の報奨金がもらえる
従業員と会社双方にメリットのある仕組みを生み出した。
その結果、この企業では、
人件費が変動の一切ない固定費となり、
従業員一人ひとりが経費と利益について考えるようになった。
このため、業務の効率化が一気に進むことになったのだ。　
反面、バブル期には、
この堅実な経営が、大きな事業拡大を阻むことになり、
大幅な増益を生むことはなかった。
しかし、企業に染みついた文化は、
結果としてバブル崩壊後のデフレ時にも、
着実な黒字体質を維持し続けることにつながった。
そして、今話題になっているワークライフバランスが、
この企業では、当たり前に実現されている。
残業はなく、年間１４０日も休暇がある。
オイルショックの際に、
２０年先のバブル崩壊や
３０年先のワークライフバランスに対する
策を講じていたことになる。
今こそ、日本の好機到来
また、オイルショックは、
産業そのものも大きく進化させた。
それは省エネ技術や省資源技術などだ。
さらに同時期、日本が直面したのが公害問題である。
これに対しても、廃水の浄化技術など
環境汚染を生み出さない公害防止技術が生み出された。
まさにこの技術が、オイルショック以降の
日本の国際競争力を高める原動力になった。
そして今、日本が問われているのは、
さらなる環境技術と省資源技術、
人口減少・高齢化社会に対する
新たな社会モデルやサービス技術の提示である。
再び、日本はチャンスを迎えている。
急速に成長する新興国にとって、
環境技術は不可欠であると同時に、
高齢化もすぐ目の前に迫っている課題である。
日本はいち早くその困難に直面し、
そこで生み出した技術や知恵で世界に貢献できる国なのだ。
それは、欧米のような「金融」という数字の世界ではなく、
「技術」という実際に人が生活において
触れたり感じたりできるもので、
日本は欧米とは違う強みを持っていることを自覚しなくてはいけない。
今まさに、私たちはチャンスを迎えている。
オイルショックに加え、世界よりも１０年以上先にバブル崩壊も迎え、
筋肉質の経営体質へと進化を遂げた企業も多い。
欧米がもたついている今こそ、
日本が新興国をはじめとした新たな市場へ、
日本のやり方で事業を拡大する好機なのである。
もしも、その好機をつかめない企業があるとするならば、
今は経営体質の見直しを行う最後のチャンスであると肝に銘じる時かもしれない。
]]></description>
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		</item>
		<item>
		<title>『「方法論」から「本質」へ』</title>
		<link>http://kumifujisawa.jp/column/business/business-column/26/</link>
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		<pubDate>Tue, 09 Dec 2008 16:02:23 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[経営コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kumifujisawa.jp/column/business/business-column/26/</guid>
		<description><![CDATA[第三の革命
ネット革命が、第三の産業革命と言われて久しい。
未来学者のアルビン・トフラーも、
情報社会に対する洞察を「第三の波」として語り、
『フラット化する世界』を上梓した
トーマス・フリードマンも、
現代を第三グローバル化時代と表している。
まさに、21世紀は、
新たな価値観の上に成り立つ社会と言えるのだろうが、
ここで勘違いをしてはいけない。
革命と言われても、すべてが変わるわけではない。
変わるものと変わらないものがある。
その変わらないものこそが、「本質」だ。
企業経営においても、
先代から受け継いだ事業が、
もはや時代に合わないと感じている後継者もいると思う。
しかし、そこで思考を停止させてはいけない。
取材した企業の中で、
時代と共に変化を繰り返してきた企業は皆、変化する前は、
時代遅れに見える事業に取り組んでいた。
時代遅れだからと消えていく企業と
変化して栄える企業の違いは、一体どこにあるのか。
本質に立ち戻る
それが、「本質に立ち戻ること」だ。
例えば、大阪のめっき業の二代目経営者は、
事業を引き継いだ際に、とことん
「めっきは、何のために存在するのか」を考えたという。
世の中に存在するものにムダなものは一つもない。
必ず意味を持って存在している。
ならば、めっきとは、どんな意味を持って存在しているのだろうか？
二代目経営者の出した答えは、
「めっきとは、モノの形を変えずに、性質を変えるもの」というものだった。
確かに、ガラス製のグラスの表面に金属めっきを施すことで、
形を変えずに、「電気を通すグラス」に変わる。
こうした本質的な存在意義を自分なりに導き出し、
形を変えずに性質を変えるニーズはどこにあるかを、日々考えた。
この発想が極めて重要である。
「めっきのニーズはどこにあるか」と考えるのではなく、
「形を変えずに、性質を変えるニーズ」を探したのだ。
本質的なニーズを求めることで、
今まで想定していなかった業界も視野に入ってくる。
こうした発想の転換によって、
この経営者は、かつてないめっきの技術を確立し、
自動車や家電、医薬品、医療、宇宙と幅広い分野へと事業を拡大している。
自分にとっての本質
同様の事例は、枚挙にいとまがないほど存在する。
本質に立ち戻ることで、とらわれていた目先の現象から解放され、
それまで見えなかった市場やニーズが見えてくる。
ただし、ここで指摘しておきたいことがある。
それは、戻るべき本質は必ずしも一つではないということだ。
人それぞれが、本質を見つけ出せばいい。
それは、『葉隠』の「武士とは死ぬことと見つけたり」と同じだ。
最終的には、だれもが同じ答えに集約していくのかもしれないし、
その答えこそが本当の本質と呼ばれるものかもしれない。
しかし、人間としての成長途上では、
深い本質は、意外に理解できないし、役に立たない。
多くの宗教書に書かれている数々の名言は、
実にシンプルであるが、修練を経てみなければ、
その言葉の深みは理解できないのではないだろうか。
であるから、事業において求めるべき本質も、
経営者自身の成長の度合いに合った本質で良いのだと思う。
そのときの自分にとっての本質こそが、
そのときの会社が展開すべき事業の原点だ。
企業の器は、経営者の器以上には大きくならないと言われるが、
本質も同じだろう。
経営者の成長を通じて、
立ち戻るべき本質の深みも変わっていくだろうから、
時折立ち止まって、自らが取り組む事業の本質とは何かを、
考えてみるのが良いだろう。
方法論から本質論へ
こうして、本質へと回帰してみると、
自ずと、方法論も生まれてくるものだ。
われわれは、窮地に立つと、
つい「どうしたら良いか」と方法論を求めてしまう。
しかし、方法論は目的があって初めて生きるもので、
どこに向かうべきかが見えないままでは、方法論は導き出されないし、
単なる窮地脱出の方法論は、対症療法的なものでしかない場合も多い。
今まさに、バブル崩壊時を上回る厳しい経済環境を迎えている。
「失われた20年」の間に努力をした企業にも、
さらなる厳しい試練が襲いかかって来ている。
簡単には脱することはできない環境だからこそ、
腰を落ち着けて、自らの事業の本質、
自らの企業が存在する本質に立ち戻ってみてはどうだろうか。
その本質を、新しい価値観や新しい手法を用いて実現することが、
新たな時代に、さらに事業を存続させていく新たな術になるに違いない。
]]></description>
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		</item>
		<item>
		<title>『「解説」から「物語」へ』</title>
		<link>http://kumifujisawa.jp/column/business/business-column/25/</link>
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		<pubDate>Thu, 27 Nov 2008 18:00:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[経営コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[良いものが売れない
食の偽装などで明らかになったのは、
消費者のブランド信仰の高さだ。
例えば、うなぎの産地偽装問題では、
どのように育てられて加工されたかよりも、
購買時には「国産」というブランドが重視された。
こうした傾向が産地偽装につながったとも言える。
中国の食に対する不信感は依然として高いものの、
日本から技術指導を受けた中国のうなぎ養殖企業の中には、
日本よりも広い養殖池を使うことで、
日本の養殖うなぎよりも薬などの使用量を
低く抑えることに成功した企業もあるそうだ。
しかし「中国産」と表示されるだけで、その価値は低い。
こうしたブランド信仰が当たり前になったのは、
いつごろからだろうか。
これは、食だけではない。
衣料品や雑貨などあらゆるものがブランドで判断され、
その品質や費用対効果は、
ほとんど判断の基準とされない傾向にある。
ブランドを購買基準にする流れは、
高い技術や品質にこだわりを持っている
製造業の経営を圧迫し続けている。
良いものをつくっても、
ブランドがなければ売れないのだ。
感動の場をつくる
しかし、「良いものをつくっても売れない」と
嘆いているだけでは、何の解決策も生まれてこない。
そこでこの流れを変えるために、消費者にモノを
見極める目を持ってもらおうと立ち上がった経営者がいる。
この経営者は、バブル時代は皮革製品などを扱う商社に勤めていた。
当時、必ずしも品質が高いとは思えないものでも、
ブランドのロゴをつけると高い価格で売れることに
疑問を感じていたそうだ。
また、国内には腕の良い職人が多数いて、
海外より品質の高い製品を提供することができる。
それなのに、彼らのつくったものは
ブランドロゴがついていないだけで安く売られていることにも
疑問を感じ、自ら皮革製品を製造・販売する会社を立ち上げたのだ。
しかし、いかにデザイン性や品質の高いものをつくっても、
やはりブランドがなければ消費者は見向きもしてくれない。
そこで打ち出した戦略は、販売店の店員を
定期的に工房へ招待することだった。
それは、店員に感動してもらうための取り組みである。
工房にやって来た店員に、職人が実演を交えて
素材の説明や加工法を自分の言葉で説明する。
店員はブランドをセールストークとして使っているため、
素材や加工法についてそれほど詳しいわけではなかった。
だが、実際に希少価値のある革が使われていることや、
素人には到底できない複雑で細かな皮革処理技術などを
目の当たりにすると、感嘆の声を上げた。
感動が顧客教育につながる
「感動」とは、読んで字のごとく「感じて動く」ことだ。
感動した店員たちは動き始めた。
店頭に顧客が来ると、素材や加工について
臨場感たっぷりに感動を伝えたのである。
クチコミの力が最大化するのは、
感情が込められている時だ。
店頭でクチコミと同様の力が発揮されたのである。
感動した素材や加工の話は、
店員や顧客に新しい皮革製品の品質を見極める基準を
提示することにもなる。
今後は店員も顧客も、素材や加工についても気を配って
新しい皮革製品の購買を検討するだろう。
ここで大切なのは、やはり店員が感情を込めて、
顧客に話ができるかどうかというところだ。
商品の特徴などを紙面や研修で説明されても、
気持ちを込めてその内容を顧客に伝えるのは簡単ではない。
現場に行き、自分の五感で得たものだからこそ、
説得力があるのだ。
物語を伝える
店員を製造現場に招くことは、
職人の腕を上げることにもつながる。
実際に販売する人たちと交流し、
感動してもらうことを通じて、
職人たちの仕事への満足度はさらに上がることになるし、
店員との対話を通じて得た消費者のニーズが工夫につながることもある。
さらに、こうして生まれてくる対話と工夫の物語が、
また、顧客へのセールストークやメディアへの品質説明に活かされる。
今や販売されているほとんどのモノは、
ある程度の品質が担保されている。
その中で売れるモノをつくるためには、品質を超えた「物語」が必要だ。
どのような思いでつくったか、
どのような苦労をしたか、
そんな人間味のある物語を伝えることで、
当たり前の商品がこだわりの商品としてみられるようになる。
人間が介在するものには、必ず物語がある。
それを見いだし、語ること。
ブランド信仰型消費からの脱却には、それが必要なのだ。
]]></description>
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		</item>
		<item>
		<title>『「権威」から「仲間」へ』</title>
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		<pubDate>Mon, 17 Nov 2008 18:00:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[経営コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[草の根の影響力
２００８年７月２日に発表された
総務省情報通信政策研究所の調査報告書によると、
世界にある７０００万のブログのうち
約３７％が日本語で、世界一多いそうだ。
一方、コロンビアの調査会社Internet world watchによれば、
インターネットで最も使われている言語は英語（３０．４％）で、
次いで中国語（１６．６％）、スペイン語（８．７％）、
そして日本語は４番目で６．７％となっている（０８年３月末時点）。
こうして二つの統計を比べると、
日本人がいかにネットでの情報発信が好きか分かる。
さらに、サイバーエージェントとミクシィが
０６年末に発表した調査結果によれば、
モノを購入する際に、５０％以上の人が
ブログやミクシィの日記を参考にしているそうだ。
日本では、こうした草の根の情報が
消費に大きな影響を与えている。
「評価」から「評判」へ
インターネットが普及しはじめる前に
購買のカギを握っていたのは、
各分野のエキスパートが発信する推奨情報だった。
○○評論家という肩書きの人たちが、
雑誌や書籍を通じて商品やサービスの評価を発信していた。
インターネットの普及とともに、
その評価情報がネットでも公表されるようになった。
だがこうした評価情報は、
いつしか草の根の人たちによる「評判情報」に
取って代わられるようになったのである。
ネットがない時代にもクチコミがあったように、
同じ消費者からの評判はネットでも信頼性が高い。
なにしろ、エキスパートによる情報発信には、
メーカーをはじめとした供給者側の影がちらついてしまう。
特にネットの場合は、バナー広告が付いていたりして
その影が見えやすい構造になっている。
さらに、消費者による評判情報は多種多様で、
自分に近いライフスタイルや
価値観の人が発信する評判を探しだすこともできる。
今や、その道の権威の声よりも仲間の声の方に説得力があるのだ。
草の根とのコラボレーション
こうして草の根の声の影響が強まる中、
ビジネスの現場も変化してきた。
例えば商品開発の現場では、
ネット上にコミュニティーをつくって
草の根の人たちから欲しいものを募り、
商品開発担当者と意見交換しながら商品化する仕組みができている。
エレファントデザインが運営する「空想生活」はその一つで、
すでにさまざまな商品が生まれている。
また、クレーム対応や問い合わせ対応に
草の根の力を借りる企業も増えている。
パソコンメーカーなどのサイトでは、
ユーザーからの問い合わせに草の根の人たちが答えている。
このサービスを支えているのは
ＯＫＷａｖｅが運営しているＱ＆Ａサイトで、
草の根同士でさまざまな質問と回答が行われている。
質問する方はもちろん無料だが、
回答する方もボランティアだ。
回答に対して質問者がお礼のコメントを返すことで、
回答者の獲得ポイントが上がる仕組みになっている。
もちろん、販売の現場においても草の根の声は重要である。
アマゾンや楽天などのネットショップでは、
商品ごとに購入者の声を書き込むことができるようになっているし、
アフィリエイトサービスでは、
ブログの記事を経由して商品が売れた場合、
そのブログの管理者にマージンが支払われる。
これは、草の根の声への信憑性を逆手にとった
販売促進ビジネスだ。
しかし、アフィリエイト運用会社によれば、
「ブログを通じて儲けたい」
という気持ちが透けて見えるブログは、
草の根からの信頼度が低いために儲からないのだそうだ。
消費者はどこまでも
信頼できる仲間を求めているのである。
企業のあり方も変わる
自分と同じ仲間を信頼するという動きは、
企業の組織運営にも現れはじめた。
例えば「社内ブログ」である。
社内だけで閲覧できるブログで、
仕事だけでなく趣味の話なども発信される。
社内限定であることが、その情報に対する信頼感を高め、
社内の関係性の強化や新たなアイデアが生まれるきっかけとなっている。
さらにこんな変化もある。
若い世代が多いネット関連企業などで、
社員全員での合宿や飲み会、運動会などのイベントが
活発化していることだ。
社長も社員も一緒になって語り合ったり、
騒いだりする場が大切にされている。
バブル期に企業内から消えていった社内イベントが
復活しているとも言えるが、かつてのそれとは少し違う。
以前は、「無礼講」という言葉のもとに、
一時的に上下関係を解消する機会として
社内イベントが用意されていた。
しかし今の社内イベントは、
日ごろのフラットな関係を
さらに強化する場としての色合いが強い。
こうした草の根の「権威」から「仲間」への変化を見つめていると、
いま必要なのは「仲間意識が生まれる場づくり」であることが見えてくる。
]]></description>
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		</item>
		<item>
		<title>『「所有」から「一時所有」へ』</title>
		<link>http://kumifujisawa.jp/column/business/business-column/23/</link>
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		<pubDate>Fri, 24 Oct 2008 11:56:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[経営コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kumifujisawa.jp/column/business/business-column/23/</guid>
		<description><![CDATA[「所有」から「活用」へ
今、若者の車の所有率が落ちているそうだ。
車を所有したいと思っている若者は、以前は多かった。
車はあくまでも移動手段。
必要なときにあれば良いのだから、
レンタカーで十分というわけだ。
昭和時代の若者にとって、
豊かさの象徴の一つであった車の存在価値は、
大きく低下している。
しかし、こうした状況は、自動車に限らない。
住宅業界でも同様の変化がある。
持ち家ではなく、賃貸を好むというのだ。
特に都市部では、高級賃貸物件が増える傾向にある。
なかには、家具もすべてリースという
いわゆる「サービスアパートメント」も増えている。
消費の世界で、「所有」から「活用」への変化が起きているのだ。
なぜ、こうした変化が起きたのか。
三つの観点から考えてみたい。
第一に考えられるのが、消費者のほとんどは、
生活に必要なものをすでに所有しているということだ。
所有することで豊かさを実感するようなモノは、
もう見当たらないのだろう。
モノだけではない。
昭和世代にとっては憧れだった海外も、
若者にとっては、特別なものではなくなっている。
海外旅行をする若者の数の減少が、それを証明している。
あえて海外に行かなくても、国内で十分に楽しいというわけだ。
確かに、日本にいれば
世界の最先端の流行や食事を体験できる。
かつて日本人の憧れだった欧米の人々も、
そのことを賞賛している。
第二に考えられるのが、個性を重視した教育の影響である。
ゆとり教育は、それまでの均一化を重視した教育とは違い、
一人ひとりが自分らしさを見出すことを良しとした。
環境面では、核家族化が進んで子供部屋ができ、
子供が一人きりで過ごす時間も増えた。
また、子供であっても
個性を主張できるものを持つことが、当たり前になってきた。
多様な組み合わせができるデザインの子供服を
販売しているブランドが人気を博していることからも、
個性化が進んでいることが分かる。
第三に挙げられるのは、モノの流通インフラの進化である。
インターネットの普及によって、
あらゆるものを簡単に売買できるようになった。
消費者がモノの流通を担う存在として
市場に参加できるインフラができたのである。
身近なもので言えば、ネットオークションだ。
着なくなった服や使わなくなったモノなどを、
ネットで販売することができる。
「メンテナンスサービス」が新たなビジネスに
こうした変化の背景から、
新たな文化とビジネスチャンスが見えてくる。
ここで、以前にブックオフの創業者・坂本孝氏から聞いた
印象的な言葉を紹介したい。
「ブックオフは、古本屋ではなく、貸本屋です」
という言葉だ。
顧客は新刊本を買って読み、ブックオフに売りに来る。
そして、その代金でまた別の中古本を買い、
読み終わると再び売りに来る。
その行為は、本を有償で借りる行為にほかならない。
購入価格から売却価格を差し引いた価格は、
本を読むためのレンタルコストと言い換えることができる。
これは、「一時所有の文化」だ。
本当に必要な本は、座右の書として、永久所有をするが、
それ以外のものは、一時的に所有するだけで良い。
これは、本に限らず、洋服やアクセサリー、家具など、
さまざまなモノに言える。
自分の個性に合ったものを所有したいが、
トレンドの変化や年齢の変化によって所有したいモノは変わる。
リサイクルショップやネットオークションを利用すれば、
必要な期間だけ所有することが可能になる。
この一時所有の文化によって生まれてくるビジネスが、
「メンテナンスビジネス」だ。
一時所有したモノは、売却することを見込んでいる。
そのため、売却価格をいかに高くするかが大切になる。
そうすることで、一時所有コストは下がるからだ。
そこで、メンテナンスサービスが、
高価格で転売するためのノウハウを提供するビジネスとなる。
車の整備や洋服の保管、クリーニンググッズのほか、
そうしたものを劣化させない
ノウハウ提供サービスも求められるだろう。
つまり、一時所有の文化が広がって、
メンテナンスビジネスが求められるようになると、
今までの「モノを売る」という発想から、
「サービスを売る」という発想が必要になる。
しかも、それは「一度売れば終わり」というものではなく、
定期的にサービスを提供するなど、
顧客との関係を維持できるチャンスが生まれてくる。
今回は、所有から、一時所有の流れによって現れつつある
新たな文化とビジネスの一部を紹介した。
このほかにも、さまざまなビジネスシーンで
新たなチャンスが生まれている。
いま一度、顧客の日常生活の変化を観察して、
何が求められるかを考えることで、
新たな文化とチャンスの到来をつかみ取れるはずだ。
いま我々は、千載一隅の時を迎えているのだ。
]]></description>
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		</item>
		<item>
		<title>『効率化から合理化へ』</title>
		<link>http://kumifujisawa.jp/column/business/business-column/22/</link>
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		<pubDate>Wed, 08 Oct 2008 14:32:43 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[経営コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kumifujisawa.jp/column/business/business-column/22/</guid>
		<description><![CDATA[螺旋階段を上るように進化する
未来を知るための方法を記した本の一つに、
田坂広志著『使える弁証法』（東洋経済新報社）がある。
著者の田坂氏は、未来を予見するために、
ヘーゲルが弁証法において述べた
「事物の螺旋的発展」を参考にしているという。
要するに、物事が発展するときの様子は、
まるで螺旋階段を上るように見えるのだそうだ。
螺旋階段は、真横から見れば上に上がっていくさまが見えるが、
真上からのぞき込めば、階段を上る人は円を一周するように見える。
つまり、物事が発展するときには、
あたかも昔に戻ったような現象が起きるというわけだ。
御用聞きの復活
このことを頭に置きながら、
社会の変化を見つめていると、「なるほど」と思うことが多い。
たとえば、拙著『なぜ、御用聞きビジネスが伸びているのか』に書いたように、
「御用聞き」もまた螺旋階段を一周して復活している。
しかし、確実に１階分は進化している。
新しい御用聞きは、かつてのように酒屋や薬屋といった
一業種を背中に背負ってはやってこない。
複数の異業種を背負って、
「御用聞きビジネス」の担い手として、復活している。
この進化は、直線的に起きるものではない。
螺旋階段を上る際に、一度１８０度反対方向に向かうように、
御用聞きも一度は、スーパーや郊外のリカーショップなどにとって代わられ、
その姿を消す傾向にあった。
それが再び、インターネットやＩＴの発達によって復活してきている。
これは、まさに螺旋階段を再び元の方向へと上りはじめる動きだ。
効率化の時代、合理化の時代
こうした変化を客観的に見ていると、
螺旋階段をいったん１８０度反対の方向に上る時と、
もとにいた方向へ戻る時に、それぞれ社会の流れに特徴があるように思う。
たとえば、御用聞きが、リカーショップやスーパーに
とって代わられた時期に起きたことは、「事業の効率化」である。
顧客の利便性よりもまず、
事業者が売上げ管理や利益管理がしやすいようにシステムを導入したり、
店舗を郊外に移して売り場を拡大したりして、効率化を図った。
顧客に対しても、わざわざ車で来店してもらい、
ケースごとまとめて買ってもらうことで、
価格というメリットを提供した。
その代わり、かつてのようなきめ細かなサービスは提供しない。
事業者側の労力を節約し、サービス提供を減らしたのだった。
まさに、事業者中心の「効率化の時代」が、
そこにあったように思う。
一方、再びもとの方向へと螺旋階段を上り始めた時期は、
インターネット普及の時期と重なる。
御用聞きもまず、インターネットで復活したと言って良いだろう。
ネットで買い物をした顧客が登録した情報をもとに、
顧客に最適な商品やサービスの情報を提供するという
メールを使った御用聞きが現れた。
ワインを買った客に対して、花束や旅行などを推奨する
ネットの御用聞きは、今では当たり前になっている。
ネットという低コストのインフラの恩恵を受けての
御用聞きの復活だったが、この動きは、
やがてリアルの世界にも飛び火してきた。
たとえば、電気店が電気製品以外の品や
リフォームの御用聞きを始めたり、
宅配牛乳店が、野菜や健康食品の御用聞きを始めたりしている。
また、究極の効率化営業にこだわっているかに見えた
コンビニエンスストアも、ふたたび御用聞きを始めている。
コンビニエンスストアの場合、店にあるものだけでなく、
取り寄せの商品も含めて提供しており、
まさに、あらゆる業種を背負った
新しい御用聞きと言えるだろう。
この御用聞き復活の変化は、
顧客に近づき、手間をかけ、顧客を知り、
顧客に喜んでもらえるように尽力する、
まさに昔の商売の理（ことわり）に基づいた事業の姿だ。
顧客中心だった昔に戻ってきているように見える。
この変化を、私は少々当て字的な発想にはなるが、
「理に合う」＝「合理化」と呼んでいる。
効率化か合理化か
効率化から合理化へ。
ビジネスの進化の姿に、この二つの変化が見える。
どちらか片方だけでは進化は起きない。
昔ながらの企業は、合理化をする必要もないほど、
昔ながらの商売の理を守り続けているが、
効率化ができていないために、
コスト倒れしてしまうという例も多い。
一方、ＩＴを駆使して効率化したものの、
顧客との対話のできる従業員がいないために
高付加価値のサービスが提供できない企業もある。
自社の強みは効率化か合理化かを知り、
その足りない部分を強化することが、
進化への第一歩と言えるだろう。
]]></description>
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		</item>
		<item>
		<title>『商売の理へ回帰していく小売業』第２回</title>
		<link>http://kumifujisawa.jp/column/business/business-column/21/</link>
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		<pubDate>Wed, 11 Jun 2008 12:44:57 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[経営コラム]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kumifujisawa.jp/column/business/business-column/21/</guid>
		<description><![CDATA[見えていなかった顧客の心
合理的な商売へと変化している現象として、
山形県のお土産屋さんの事例を紹介したい。
駅前や空港でお土産屋を営むこの会社は、
景気後退による旅行客の減少で売上減に直面していた。
その打開策として取り組んだのが、ネット販売だった。
「旅行客に人気のものをネットで売ればきっと売れる」
というのが当初の目論見だったが、現実にはさっぱり売れなかった。
特に人気の高いさくらんぼ「佐藤錦」も、ネットでは売れない。
思い切って、佐藤錦プレゼントキャンペーンを実施したところ、
大量の応募が殺到し、プレゼントに外れた人にも割引券を配布した。
結果、佐藤錦の売上が伸びたかといえば、そうではなかった。
やはり誰も買いに来ないのだ。
悩みあぐねたネットショップの店長は、
プレゼントキャンペーンの応募メールに
再度目を通して驚いたという。
そこには、顧客のニーズが数多く書かれていた。
「佐藤錦は高くて買えない」
「一度でいいから食べてみたい」
「少しでいいから食べてみたい」等。
それまで１キログラムを立派な箱に入れて
販売することが当たり前だと思っていた佐藤錦に
不満を持っていたお客様がたくさんいたことに気づいたのだった。
「リアルのお店に立っていたときは、
買わずに帰るお客様も、みんな微笑んで帰っていかれる。
誰も不満をお持ちだとは思わなかった。
自分たちは顔が見えることで、お客様の心の中を
思い計ることが十分に出来ていなかったことに気づきました」
とネットショップの店長は言う。
以後、同社は、佐藤錦を小分けにして販売を開始し、
楽天市場においてトップの売上実績を達成した。
さらに、手書きのハガキのサービスや電話での対応など、
様々な心のこもったサービスを開発し、展開している。
こうして顧客に感動を与え、
その感動が口コミの輪を広げるという好循環を生み出している。
効率化と合理化の実現
このように売上を伸ばしているネットの小売店の特徴は、
顧客への手厚いサービスと心遣いなどを通じた「対話の場作り」、
そして「ニーズに沿った品揃え」だ。
しかし、これは特別なことだろうか。
昔から小売業を営む人々にとっては当たり前のことだったはずだ。
それが、効率化の流れの中で、顧客の個別のニーズよりも、
顧客をマスとしてとらえた効率的なサービスと品揃えに特化してきた。
顧客も選択肢がないうちは、
それを受け入れてきたが、今は違う。
ネットでかつての小売業の良さが復活し、
感動のサービスを経験した顧客は、
ネットとリアルのお店を区別することはない。
どちらにも最良のサービスや品揃えを求め始めつつある。
リアルからネットへの流れは、今やネットからリアルへと変わりつつある。
インターネットの普及が、小売業に大きな変革を起したと言われるが、
これは恐れるべき変化ではない。
なぜなら、それは、商売の理への回帰だからだ。
ただし、気をつけなくてはいけないのが、
ただ昔ながらの小売業が復活しているわけではないことだ。
商品管理や顧客管理の効率化の実現、
そして、かつて以上に顧客一人ひとりを意識したサービスの提供を
ＩＴとインターネット技術を併用していかに実現するかが求められる。
改めて成功している小売業を、
「効率化」と「合理化」の二つの視点で見て欲しい。
そのとき、成功のヒントが、必ず浮き彫りになってくるはずだ。
]]></description>
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